梅香抄 ‐出会い篇‐

【其ノ三】
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離れで、於琴は三味線を弾いていた。
弾きながら、唄っていた。
それは切ない恋心を唄った、京鹿子娘道成寺の一節だった。
溜息をつき、於琴は三味線の手を止めた。「…歳三さん…。」
於琴はそっと呟いた。ふと、於琴は歳三の姿を思い浮かべた。
於琴の胸には、歳三への淡い恋心が芽生えていた。
初めて歳三を見た時から、於琴は密かに想いを寄せていたのだ。
於琴が初めて歳三を見たのは、いつだったか…。
それは、於琴が父に伴われて初めて土方家を訪れた日の事だった。
土方家の長屋門をくぐる時、於琴は歳三とすれ違った。
歳三はちょうど、薬の行商に出ていくところだった。
すれ違い様、一瞬だったが、於琴と歳三の体が触れた。
その瞬間、歳三は於琴を凝視したが黙って通り過ぎて行った。
その場に立ち尽くし、於琴は歳三の後ろ姿を見送っていた。微かに身体が震えるのを、於琴は覚えた。それが何故だか、その時には於琴には解らなかった。
それから…。
於琴は時々、土方家を訪れた。
歳三の義兄である、為次郎は、初めて於琴の三味線を聴いてから、すっかり彼女の三味線に惚れ込んでしまった。
それからと言うもの、於琴を時々、家に招いては、於琴の弾く三味線を楽しむようになっていた。
於琴は土方家を訪ねる様になってから、時々歳三を見掛ける事があった。
離れにある、為次郎の部屋で三味線を弾いている時、歳三の視線を感じる事もあった。
そんな時、於琴は胸の高鳴りを覚えた。
於琴は、歳三へ恋心を抱き始めていることを、はっきりと悟るのだった。

歳三と、土方家の前で擦れ違う事はあっても、一度も言葉を交わす事はなかった。
それでも於琴は嬉しかった。
ただ歳三を見掛けたりするだけでよかった。決して届かぬ想いでも、於琴はいいと思った。

そんな於琴に思いも寄らぬ出来事が起こる。それは歳三との縁談…。
於琴は戸惑いを覚えつつも、密かに想いを寄せる歳三との縁談に胸が躍った。
於琴は歳三の許に嫁ぐ日を夢に思い描くようになった。

於琴の許に、縁談が白紙の状態になった話が知らされたのは数日前の事だった。








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