梅香抄 ‐出会い篇‐

【其ノ弐】
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於琴…。
歳三は後に長兄である為次郎から於琴の素性を聞かされた。
戸塚村で三味線屋『糸竹』の主人、月廼屋忠助の一人娘であること。佐藤家の遠縁であること。
浄瑠璃を嗜む、為次郎が、『糸竹』を贔屓にし、撥や糸等を買い付け、更に三味線の修理を依頼していた。
とある日、店を訪ねた時、於琴の弾く三味線に心を惹かれてしまう。
於琴の三味線の腕前は父を凌ぐ程で、清元の名取を持つ程であった。
まだ、十五のあどけない可憐な少女だったが、一度三味線を弾くと、凛とした美しさを漂わせていた。
於琴の腕前は三味線を奏でるだけではなかった。
修理や調律にも長けていた。
為次郎は於琴の腕に惚れ、調律や修理一切を依頼するようになった。

為次郎から、於琴の話を聞かされた歳三は於琴に心を強く惹かれるのだった。だが、歳三は、そんな自分を心のどこかで否定しようとした。
…まだ子供じゃねえか…。
そう思い、歳三は自分を嘲笑した。


於琴と初めて出会った日から数日経ったある日の事…。
歳三はいつもの様に石田散薬の行商に出ていた。
その帰り道…。
歳三の足は無意識に戸塚村に向いていた。
いつの間にか、歳三は於琴の家である、『糸竹』の店先に立っていた。
『糸竹』は戸塚村でも立派な店構えであった。
門戸をくぐると、立派な竹林や、小さいながらも梅林もあった。
庭の方からはほのかに梅の甘い香りが漂って来た。
甘い香りに歳三は酔いしれた。
しばらく、歳三はその場に佇んだ。
ふと、庭の離れから、艶やかな三味線の音色が聞こえて来た。
その瞬間、歳三は胸が熱くなるのを覚えた。「於琴…」
歳三の脳裡に於琴の顔が浮かんだ…。
頬を染め、恥ずかしげに歳三を見つめていた、於琴…。
あどけなさの中に凛とした美しさを感じさせた於琴…。
歳三は三味線の音色に耳を傾けながら、於琴の面影を追った。
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